概要
足の付け根を鼡径部と呼びます。腹壁は大きくわけて皮膚・筋肉・腹膜で構成されますが、鼡径部の腹壁には筋肉の隙間があり、同部の組織が弱くなったために腹圧がかかると腹腔内の臓器(腸、脂肪、膀胱、卵巣など)が脱出します。脱出によって、鼡径部に腫れが出現したり、違和感や痛みが出たり、便秘や排尿障害や男性では性機能障害が出現したりします。
小児期に発症する場合は、生まれつき筋肉の隙間に腹膜の脱出があることが原因で、そこに臓器が一緒に入ることで症状が出現します。
ヘルニアの種類には、脱出する部位(穴)によって内鼡径ヘルニア、外鼡径ヘルニア、大腿ヘルニア、閉鎖孔ヘルニアなどがあります。
経過観察した場合には、腫れの増大、痛みによる歩行障害、嵌頓(かんとん)(臓器がはまって戻らない状態 → 血流低下 → 臓器壊死のリスク。年間1%程度の発症率)がありえます。腸管の嵌頓時は、腸内容の通過が妨げられ、腸閉塞を発症する(→ 腹部膨満、嘔吐など)ことや、腸管が壊死して破れて内容物が漏れ、腹膜炎になり生命に関わることがあります。
治療
自然には治らず、治療方法は手術しかありません。
手術を希望しない場合、あるいは併存疾患による手術リスクが高い場合は、経過観察することもあります。
手術
小児でも成人でも、大きく分けて、以下の2種類があります。小児の場合は、人工物を使用しない手術を行います。
鼡径部切開法
鼡径部の皮膚を3-5cm程度切開し、体表から穴にアプローチします。
昔からの組織縫合法と現在主に行っているテンションフリー法があります。
組織縫合法
穴を縫い閉じる方法で、Marcy法、Bassini法、McVay法、Shouldice法などがあります。術後の強い痛みと高い再発率というデメリットがあります。腸穿孔による汚染手術などで行うことがあります。
テンションフリー法
人工物で穴をふさぐことで脱出を防ぐ方法です。網目状のメッシュを使用しますが、メッシュプラグ、クーゲルパッチなどの様々な形状のメッシュがあります。
- 〈皮膚切開部の例〉 〈組織縫合法〉 〈メッシュプラグによるテンションフリー法
腹腔鏡(ふくくうきょう)
皮膚を3カ所5-10mm程度ずつ切開し、腹腔内を炭酸ガスで膨らませた後に、切開部から腹腔内に腹腔鏡カメラと操作道具を出し入れします。鼡径部の腹膜を切開し、腹壁の筋肉との間に人工物を挿入して穴をふさぎ、人工物を筋肉に固定し、腹膜を縫って終了します。
社会復帰が早いという報告があり、複数の穴を同時にふさげることと反対側の観察が可能なことが利点です。
手術困難な際や後述する合併症の発生時は、鼡径部切開法を併用する場合があります。
〈皮膚切開部の例〉 〈腹腔鏡による手術〉
上記のように様々な術式、使用材料がありますが、個々の患者さんの発症形態、過去の同側の治療歴・治療内容、全身状態(他臓器疾患の有無など)、麻酔方法、術後合併症のリスクなどを検討して、最適な術式を提供できるように相談いたします。
麻酔は、麻酔科医師の管理による全身麻酔、または腰椎麻酔で行っています。いずれの方法も片側での手術時間は、約1-2時間です。
合併症
- 1.出血・皮下血腫(多くは約1-2ヶ月で自然に吸収されます)
- 2. 他臓器損傷(腸管や膀胱など。男性では精管・精巣血管の損傷もありえる)
- 3. 感染(傷の洗浄・抗生剤で治療)
- 4. 再発
- 5. 慢性疼痛 ※これら(1-5)は再手術の可能性もありますので、十分注意して手術を行っています。
- 6.漿液腫(臓器脱出があったスペースに体液がたまり腫れる)
- 7. 反対側の発症
- 8. 停留精巣、精巣萎縮、性機能障害(男性の場合。不妊症の原因となりえる)
- 9. その他全身的な合併症(心不全や心筋梗塞や不整脈、肺炎や肺梗塞(エコノミークラス症候群 = 足に血栓が生じ肺に詰まる)、肝・腎機能障害、アレルギーなど)
- 10. せん妄 など
術後経過
通常は手術後2日目に退院の予定です。日常生活は問題ありませんが、術後2-4週間は運動や腹圧をかける動作を避けてください。
参考資料
日本ヘルニア学会:http://jhs.mas-sys.com/index.html
日本ヘルニア学会 ガイドライン2015年版
その他、国内外論文など。